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牧之原台地のはじまりは

現在の牧之原台地は一面茶畑ですが、江戸時代までは荒廃地でした。

明治になり江戸から来た幕臣達に1455ha、職を失った大井川川越人足達に202haの土地が払下げられました。

その後も茶園開墾が進み、現在の大茶園が形成されました。

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・なぜ牧之原台地に茶が植えられたのか?

それは、牧之原台地には水が無かったからです。

お茶は水が無くても育つ作物なので植えられました。

さらに、牧之原台地の土は茶栽培に適していました。

ですから、その後も牧之原台地には茶の木が植え続けられました。

やがて、明治六年に初めての茶摘みが行われました。

しかし、当時は製茶機械など無かったので、摘みとった茶葉はすべて手で揉みました。

・輸出されていたお茶

その後、牧之原台地で作られたお茶は海外へ輸出される様にもなりました。

輸出量が増えてくると、お茶を手で揉んでいたのでは間に合わなくなり、資産家が財を投じて製茶機械を開発しました。

しかし、当時の製茶機械は現代の様な優れた性能はなかったので、高品質なお茶を作ることが出来ませんでした。

ですから、手揉み茶は機械で製造したお茶よりも評価が高かったそうです。

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輸出用の茶箱には、この様なステッカーが貼られました。

・その後、機械で製造したお茶が増えてくると粗悪茶が出回る様になり、輸出先での日本茶の評判を落としてしまいました。

当時、品質の高い手揉み茶にこだわり続けた先人への感謝の言葉を彫り込んだ石碑が、牧之原市の平田寺にあります。

4月8日の花まつりでは、この石碑に手揉み新茶を献納し、花まつりに訪れた檀家の皆様に振る舞われます。

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・手揉み茶流派

時代が進むにつれて、手揉み茶の技術も向上していきました。

静岡県内にある各茶産地では、それぞれの産地で育つ茶葉に適した手揉み茶技法が考案されました。

それは、手揉み茶流派として現在に伝えられています。

(主なものは八流派あります。)

・牧之原台地の茶葉に適した製茶方法は?

牧之原台地は、日の出から日没まで日が当たるため、育つ茶葉は肉厚になります。

その茶葉を普通に蒸して製造すると、どうしても苦渋味が出てしまいます。

その欠点を和らげるために、見た目よりも味を重視した安楽揉みという製茶法が考案されました。

・安楽揉みとは?

茶葉の蒸し時間を長くすると、蒸した茶葉は柔らかくなります。

この柔らかくなった茶葉を普通に製造すると、どうしても細かく粉れてしまいます。

ですから、茶葉に力をかけずに揉むことで粉れるのを防ぎました。

ですから、揉みあがったお茶は「ぐり茶」の様によれていました。

この製茶技法を安楽揉みといいます。

この製茶方法が、深蒸し茶製法の始まりといわれています。

今では深蒸し茶急須が普及したので、茶葉が粉れていてもお茶を淹れるのに困ることはありません。

ですから、現代の深蒸し茶は力を架けて揉み上げています。

・現代のお茶作り

現代では茶園管理から製造まで機械化が進み、高品質なお茶を大量に生産する事ができる様になりました。

しかし、機械が高性能になっても機械に頼るだけでは限界があります。

例えば、お茶を製造する最初の工程である蒸しです。

蒸し時間を長くすれば深蒸し茶になるのですが、そう単純なものでもありません。

製茶機械の制御設定を少し変えただけで、出来上がるお茶のは違ってきます。

なかなか自分の思う様なお茶を作れないのが現実ですが、お茶の製造は茶農家にとっては腕の見せどころです。

ですから、新茶収穫は茶農家にとって一年で最も楽しい農作業です。

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我が家の製茶工場

 

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現在の牧之原台地

2019.07.18 Thursday